株式会社COZY

サポート選手「木村 偉織選手」、サポートチーム「常磐高校 野球部」を追加しました。

2010.11.23

アスリートサポートページが更新されました。

レーシングカート ドライバー 木村偉織選手

常磐高校 野球部

を追加しました。応援の程、宜しくお願い致します。

フォーミュラーBMWパシフィックシリーズ第15戦決勝 プレスリリース

2010.11.23

PRESS RELEASE

2010年11月21日

桜井孝太郎選手、初のマカオGPで2位を走るも、ギヤボックストラブルで後退。5位入賞&ルーキーカップ優勝を飾る。

11月18日~21日、マカオ・ギヤサーキットにて、WTCC(世界ツーリングカー選手権)及び国際F3マカオ・グランプリレースのサポートイベントとして開催された『フォーミュラBMWパシフィックシリーズ2010 第15戦決勝』に、日本人最年少BMWスカラシップドライバー、16歳の桜井孝太郎(さくらいこうたろう)選手が参戦。予選ではギヤボックス・トラブルでクラッシュするものの、日本人最上位の5位。決勝ではスタート直後のアクシデントを避け、2番手にジャンプアップ。表彰台に期待がかかりましたが、セーフティーカー走行中に再び発生したギヤボックス・トラブルでペースが上がらず、5位でチェッカーを受ける結果となりました。

ドライバーにとって最も過酷なサーキットと言われるマカオGPに向けて、桜井孝太郎選手は岡山戦のあと、シミュレーターでトレーニングを重ねてきました。木曜日のフリー走行ではタイムを気にすることなくコース攻略法とマシンのチェックに専念。19番手と不調に見えましたが、本人は自信を持って土曜日の予選に挑みました。

木曜日のフリー走行で高速コーナーでのオーバーステアを確認したチームは、リヤのダンパーをややソフトにアジャストすることで対処。コースインした桜井選手はフリー走行のタイムを一気に約11秒縮め、5周目のアタック中に突然クラッシュ。桜井選手はエンジンが焼きついたような症状だと訴えてきましたが、実際にチェックしたところ、ギヤボックス・トラブルで2速がスタックした状態となり、リヤタイヤがロックしてしまったためのアクシデントでした。その時点で3番手。まさにこれからという時の出来事でした。

本気でアタックすることなく予選を終えた桜井選手でしたが、その直後、チームメイトのネビル・ジェフリー選手の大クラッシュで赤旗中断。ネビル選手のマシンはギヤボックスから後部がまっぷたつに千切れるほどのダメージでしたが、幸いドライバーに怪我はありませんでした。予選再開後に、カルロス・サインツJR選手とリチャード・ブラードレイ選手が左側に新品タイヤを装着してタイムアップ。桜井選手は予選5番手から決勝に臨むこととなりました。

土曜日、多くのカテゴリーで赤旗中断が続き、タイムスケジュールが大幅に遅れたために消化できなかったカテゴリーがあり、日曜日の決勝レースは午前7時15分スタートという早朝に変更。ネビル選手のマシンと桜井選手のマシンの修理でメカニックたちは徹夜の作業を強いられましたが、なんとか午前5時に作業は終了。無事、決勝レースを迎えました。

決勝のスタート直後、ネビル選手をパスして4番手につけた桜井選手は、前をいくオスカー・タンジオ選手とリチャード・ブラードレイ選手がリスボア・コーナーで激しくクラッシュする間を縫って2番手に浮上。前をいくカルロス・サインツJr選手を追いました。他のコーナーでもアクシデントが発生したために、セーフティーカーが出され、桜井選手は2番手をキープした状態で周回を重ねます。しかし、無情にも桜井選手を再びトラブルが襲いました。無線で「ギヤボックスがおかしい。ギヤが入らない」と叫んできたのですが、ピットに入れて修復するわけにもいかず、なんとかドライバーに委ねるしかありません。昨日のアクシデントで医務室で手当てを受けるほど左右の手を打撲した桜井選手でしたが、それでも痛みをこらえて、手のひらが破れるほどの力を入れてのシフトチェンジを強いられました。

レースは再開され、25分ルール(レース最長時間でチェッカー)が適用されることとなり、あと3分のところまで表彰台圏内で頑張った桜井選手は、残念ながらポジションを守りきれずに5位でチェッカー。ルーキー・カップ(今年デビューした新人を対象)では優勝を飾ったものの、本人としては納得できない結末となりました。

ゴール後、ガレージに戻ってもしばらくヘルメットを脱がず、悔しさを噛みしめる桜井選手。シーズンを通じて、何度も優勝のチャンスがあったにもかかわらず、最終戦まで勝利を手にすることができませんでした。初のマカオGPでの5位入賞は、チームから高い評価を受ける内容でしたが、同じルーキーのカルロス・サインツJr選手に敗北したのは事実です。この悔しさをバネに、来シーズンのさらなる飛躍を目指します。

●桜井孝太郎選手のコメント

「フリー走行ではひどいオーバーステアでしたが、予選では完璧なセットアップができたと思います。自分がドライバーとしてできることはすべてやったつもりですが、残念ながらアタックする前にマシントラブルでいきなりクラッシュ。きっと予選17~18番手かなと思っていたのですが、結果的にはなんとか5番手にとどまることができました。あの走りでこのタイムならば、決勝は絶対にいけると自信を持って日曜日に臨みました。

決勝は、スタートを決めて4番手に上がれました。テールツーノーズでリスボア・コーナーへ向かっていったのですが、チームメイト、リチャード選手のマシンがブレーキングと同時に跳ね始めたので、我々のマシンは車高が低すぎたことに気がつきました。予想以上にラバーグリップが乗っていたので、決勝に向けて1ミリだけ車高をあげたのですが、足らなかったようです。リチャード選手は絶対にオスカー選手に接触すると思い、イン側のラインを取りました。前をふさぐように2台がクラッシュしたので、真ん中を突破して2番手をゲット。カルロス選手を追い続けていたのですが、突然セーフティーカーがコースインしてきました。このタイミングで、シフトが入りづらくなり、一瞬スタックしたりしたので無線で伝えたのですが、どうすることもできませんでした。すべてのギヤが入らない状態で、なんとか押し込むように力ずくで入れていたのですが、土曜日のクラッシュで両手を痛めていたために、本当に厳しかったです。

ユーロ・インターナショナル・チームのマシンは完璧で、僕の前を走るカルロス選手、後方の野尻選手、ブロンクビスト選手、そしてダスティン選手の4台に囲まれる形で走っていましたが、ボトミングとギアボックストラブルで100%の力で攻めきれず後続の先行を許すことになってしまいました。自分なりにはプッシュ・プッシュで走ってましたが山側ではシフトが入りづらく、長いストレート・エンドのブレーキング・エリアでは、マシンの車高が低すぎて底突きしてしまい、攻めきれなかったのが悔しいです。

公道レースとしてはシンガポールに続くマカオGPで、自分の速さを確認できたことは良かったですが、まだまだ経験不足だという点も自覚できました。ギヤボックスのトラブルが出たのは残念ですが、徹夜で修理してくれたメカニックを責めるわけにはいきません。それでも、結果的に残念なレースをしてしまったのが悔しいです。

これで僕のフォーミュラカーでの最初のシーズンが終わりました。長いようで短い1年間でした。応援してくれた皆さんに、優勝がプレゼントできなかったのは悔しいですが、自分自身、大きな成長を果たせた1年目だったと思います。来シーズンに関してはまだ決まっていませんが、シーズンオフの間にテストでできる限りの走行距離を走り、経験を積んで来年のシリーズに挑みたいと思います。

今シーズンを応援してくれたスポンサーやファンの皆さん、そして家族に心から感謝しています。これからも目標は変わりません。最年少F1ドライバーを目指して突き進みますので、応援よろしくお願いします」

東京北シニア 1年生大会結果

2010.11.23

リトルシニア関東連盟 東東京支部の新人戦が2010年10月から11月にかけて開催をされました。
東京北シニアは城北ブロックを勝ち抜き、東東京大会でも健闘を見せ準決勝まで勝ち進みました。
準決勝では東京神宮シニアと対戦。結果は0-13。大きな収穫とともに次へのステップも見えたことと思います。今冬を超え、更にレベルアップ出来るように頑張っていきたいと思います。皆様の応援、宜しくお願い致します。

フォーミュラBMWパシフィックシリーズ第13、14戦決勝 プレスリリース

2010.11.01

PRESS RELEASE

2010年11月1日

フォーミュラBMWパシフィックシリーズ第13、14戦決勝

桜井孝太郎選手、岡山国際サーキットで初の母国グランプリに挑戦。ラスト1周の超スプリントレースで5位入賞を果たす。

10月30~31日、岡山際国際サーキットにて、WTCC(世界ツーリングカー選手権)のサポートイベントとして開催された『フォーミュラBMWパシフィックシリーズ2010 第13&14戦決勝』に、日本人最年少BMWスカラシップドライバー、16歳の桜井孝太郎(さくらいこうたろう)選手が参戦。桜井選手にとって初の母国グランプリでしたが、第13戦は車両規定違反にて失格。続く第14戦では8番手スタートから次第にポジションをあげ、チームタイトル獲得に大きく貢献する5位入賞を果たしました。

前回のシンガポール戦のレース終盤に、エンジンの不調を感じた桜井孝太郎選手は、初の母国グランプリを前に安全のためエンジン交換を実施。他のチームメイトはすでにシンガポール戦以前にエンジン交換をしていたため、万全を期しての母国参戦を目指しました。しかし、金曜日の30分間の走行で確認できたのは、新エンジンの不調のみ。直線で他のチームメイトに比べて10km/h近く遅いデータを前に、チームは難しい決断を迫られました。遅くても安全策をとるか、走行距離的にいつ壊れてもおかしくない古いエンジンに戻すか。長いミーティングの末、チームは旧エンジンに再度交換することにしました。

土曜日の予選、桜井選手は結果的に両レースとも8番手スタートが確定。エンジンの不調より、むしろセットアップの失敗が原因でした。しかしレースはレース、追い上げる以外にありません。そう覚悟して午後の第13戦をスタートした桜井選手は、厳しいレースを6位入賞で終えました。チームメイトのリチャード・ブラードレイ選手が2位チェッカーで、残り2戦を待たずしてドライバーズ・チャンピオンとルーキー・チャンピオンを確定。その結果、桜井選手が所属するチームであるユーラシア・モータースポーツとしては、翌日の第15戦で、確実にチーム・タイトル獲得を決めることが最大の目標となりました。最終戦のマカオGPは毎年荒れたレースとなります。昨年はスタート直後に15台近くがクラッシュするという波乱のレースでした。何が起こるかわからないマカオGPにタイトル争いがもつれ込むよりは、日本で決めたいというのが正直な気持ちでしょう。

しかし、レース終了後、桜井選手が各種データをチェックし、応援してくれる友人を岡山駅まで迎えに行き、一緒に夕食を食べている頃にサーキットでは事件が起こっていました。なんと、トップチェッカーを受けたゲスト参加のFCJチャンピオン、中山雄一選手と桜井孝太郎選手のふたりの日本人が失格と発表されていたのです。2台とも、デファレシンャル・ギヤの内部のある部品の組み付けが逆だったという理由でした。メカニックの作業ミスではありますが、性能的には何ら変わらないパーツです。悔しい失格の結果を受け止め、翌日の第14戦に臨むこととなりました。

第14戦は荒れたレースとなりました。いくつものアクシデンの末、トップを争う2台がレース中盤にヘヤピンで接触し、トップを走っていたオスカー・タンジオ選手が大きく宙を舞って1回転する激しいアクシデントが発生、セーフティーカーが出されました。桜井選手は8番手から5番手まで追い上げていた状況で、セーフティーカー解除を待ちます。しかし刻一刻と迫る終了時間(最大25分間でチェッカーというルールがあります)と減っていく周回数。レースはラスト1周で再開、わずか1周の超スプリントレースとなりました。桜井選手は結果的にそのままの順位でチェッカー。初の母国レースを5位入賞で終えました。その結果、チームは見事チーム・チャンピオンを決定。桜井選手が所属するユーラシア・モータースポーツにとって、すべてのタイトルを獲得するという、素晴らしい週末となりました。

●桜井孝太郎選手のコメント

「初の母国レースということもあって、かなり緊張するかと思っていたのですが、むしろリラックスできたのは、いろいろな意味で自分に自信が持てるようになってきたからだと思います。今回は日本人選手がふたりFCJという上のクラスから参戦すると聞き、やる気も増していました。ただ、日本人選手だからといって意識するのではなく、自分は自分のやるべきことをするだけです。

期待していたニュー・エンジンがハズレで(笑)、また古いエンジンで行くことになったのは正直ガッカリでしたが、直線で遅いとわかっているエンジンで勝てないレースを走るよりは、壊れるかも知れないけれど、少しでも可能性があるエンジンで走ることを決めました。自分は走るだけのレースはしたくありません。家族や親戚や友人も応援にきてくれ、いつもと違った喜びが、すごくモチベーションにつながりました。

予選は8番手と不調でしたが、悔しいけれど原因がわかっていたので問題はないです。土曜日の第13戦ではレース前のセッティング変更を外してしまった結果、ひどいオーバーステアが出て、高速コーナーでまるで踏めないマシンになっていました。それでも頑張って6位完走を果たしたのですが、レース後に失格だとチームから聴かされて驚くと同時に、本当にがっかりしました。ただ、ドライバー側の問題ではないので、気持ちを切り換えて日曜日のレースに臨みました。

第15戦もスタートは完璧(笑)。序盤のうちにポジションをあげるべく頑張りましたが、荒れたレースでしたね。前のほうのマシンが飛んでいったり、セーフティカー走行中にミラーの後方でクラッシュがあったり、結果的にはラスト1周レースという、ある意味で僕の予想どおりの展開でした。絶対に決めてやるって思いながら1コーナーに飛び込んだらブレーキが全然効かない状態になっていて、慌ててエンジン・ブレーキで合わせ、落ち着いてアトウッド・コーナーで再度トライしたけれど、まったくダメでした。目の前の表彰台に手が届く状況だったはずなのに、悔しくてしかたありません。しかし、ブレーキにトラブルを抱えたままの走行で、リスクを負って前のマシンを抜くより、ポジション・キープでチーム・タイトルに貢献することを考えました。今までの自分だったら、絶対にそんなことは考えず、インに飛び込んで、思いっきりクラッシュしていたと思います(笑)。

でも前のふたりはゲスト参加でポイントがつかないことを考えると、実質的なポイント上では3位となり、チーム・タイトルが確定すると思ったからこそ、今回は我慢しました。本当に今日のレースは毎ラップ、すべてのコーナーに集中し、攻め続けたレースでした。結果より、内容に満足しています。

次のマカオGPは、僕にとって2度目の公道レースです。そしてそれ以上に、今シーズン最後のレースでもあります。1年間の成長の結果を皆さん、そして海外F3チーム関係者の皆さんにみていただく意味でも、とても大切なレースです。シミュレーターでしっかり準備するために、明日の歴史のテストが終わったら、しばらく準備のために学校を休ませてくださいって校長先生にも担任の先生にも、今、留守番電話を入れました(笑)。気合いれて頑張りますので、皆さん応援してください」