株式会社COZY

桜井孝太郎、イギリスF3で初完走、クラス2位で初ポイントをゲット

2011.04.26

桜井孝太郎選手 プレスリリースがパーソナルマネージャー町田氏より届きましたのでお届けします。

是非ご覧ください。

F1で活躍する小林可夢偉選手に続き、ヨーロッパを戦いの場に選んだ若きサムライ、日本人最年少BMWスカラシップドライバー、桜井孝太郎選手(16歳)が、4月22~25日にイギリス、オウルトンパーク・サーキットで開催されたイギリスF3選手権(第4~6戦)に、ハイテック・モータースポーツから参戦しました。

先週イタリア、モンツア・サーキットで開催されたイギリスF3選手権開幕戦での宙に舞う大事故によってマシンが全損し、今週のイベントへの参戦を危ぶまれていた桜井孝太郎選手ですが、ハイテック・モータースポーツの驚異的な努力とメカニックの数日に渡る徹夜仕事によって、無事、木曜日の夜にはオウルトンパーク・サーキットにマシンが到着し、参戦可能な状態となりました。

金曜日のフリー走行は、またしても実質的なシェイクダウンという状況で、コースを半周したところで燃料系のトラブルによってストップ。午後のセッションにすべてを委ねることになりました。午後のセッションは順調に周回を重ね無事初日を終えました。

土曜日の予選では、2周を走ったところでステアリングトラブルが発生。操舵角の異変によってスピンを喫した桜井孝太郎選手は、そのままマシンを降りることになりました。それによって、当然ではありますがセカンドタイムが107パーセントの予選通過基準タイムをクリアできず、審議会にかけられることになりました。審査の結果、前日のフリー走行で有効なタイムをマークしており、再車検によって今回のマシントラブルは不可抗力ということが証明されたので、第4戦の決勝進出を許されました。

土曜日に実施された第4戦は、スタートでライバルのバート・ヘルキマ選手の前に出て、何周にも渡って接触寸前の激しいバトルを展開。たまらずチームオーナーのライアン・シャープ監督が「今回はヘルキマ選手を前に出して、まずは完走を狙え」と無線で指示。バックストレートでクラストップを譲った桜井孝太郎選手は、無事30分のレースを走りきってチェッカー。イギリスF3選手権初完走、クラス2位入賞により、自身にとって初ポイントを獲得しました。

日曜日はイースター祭でお休みとなり、月曜日に迎えた第5戦、6戦は、桜井孝太郎選手にとって厳しいレースとなりました。18番手グリッドからスタートした第5戦は、スタートでヘルキマ選手をパスすることができず、ずっとその後塵を浴びながらチャンスをうかがっていましたが、残り3周でブレーキトラブルが発生してコースアウト。しかしハイテック・モータースポーツとしては、スタートからチャンピオンクラスに参戦するリッキー・クリスト選手とピエトロ・ファンティン選手が見事なワン・ツー・フォーメーションを築き、そのままチェッカーを受け、チームにとって今季初のワン・ツー・フィニッシュという嬉しい結果となりました。

午後2時半にスタートを迎えた第6戦は、40分という長い戦いです。桜井孝太郎選手は、スタートで再びヘルキマ選手の前に出ることに成功し、なんとか中盤までクラストップを快走したのですが、最終的にはヘルキマ選手の激しいチャージを退けることができず、完走、クラス2位。チームからはグッドジョブと讃えられましたが、本人にとっては、今回のレースはとても悔しい結果となりました。

●   桜井孝太郎選手のコメント

「まずは先週の絶望的なクラッシュのあとで、なんとかマシンを間に合わせてくれたチームの努力とメカニックの徹夜の作業に心から感謝します。毎日のようにファクトリーに顔を出して作業を見守っていましたが、本当に彼らの努力に対して、その感謝の気持ちを結果で返すしかありません。そう思ってオウルトンパークに臨みました。

 このサーキットはとても難しいコースで、コースアウトした時のセーフティ・マージンもないので、今回のレースはとにかくマシンを短時間で煮詰め、完走を目指すことを目標にしました。僕自身はもっと走りたかったのですが、残念ながら許されたフリー走行もトラブルで半周で終わってしまいショックでした。それでも走れるだけ幸せという気持ちで、みんなに感謝してレースウィークは絶対に飛び出さない覚悟で走り続けました。

厳しいレースでしたけど、完走できたことでチーム全員が喜んでくれました。タイヤに関して、いろいろ理解できたことが最大の収穫です。全然走り込めていなかったので、タイヤ特性を掴みきってなかったのですが、今回の週末でかなり理解できました。

 ポイント獲得は素直に嬉しいです。レースですからクラッシュしてでも戦いたかった気持ちも正直ありますが、チームオーナーの指示も理解できます。焦らず、着実に結果を積み重ねていくことで、僕自身も成長できると信じています。他のドライバーは去年のオフから20日間以上も走り込んでいますから、今、この現状での差は納得できます。F3というマシンを自分のものにするためには、まだいくつかの課題もあります。次のレースの前に、プライベートテストでその課題を克服できるかどうかがひとつの鍵だと思っています。頑張りますので、ぜひ皆さんの応援をお願いします。」

佐々木繭選手(武蔵丘短期大学) 関東女子サッカーリーグ

2011.04.24

関東女子サッカーリーグ
4月24日 12:00~
@武蔵丘短期大学

…武蔵丘短期大学(CIENCIA)対FC レッズJr.Y
合計3-3

終始リードを奪う展開でしたが、結果引き分け。

残念でしたが、次戦は期待が持てます!!

佐々木繭選手(武蔵丘短期大学)

2011.04.18

関東女子サッカーリーグが開幕!!
4月16日 12:00~
@武蔵丘短期大学

…武蔵丘短期大学(CIENCIA)対FC PAF
前半0-1
後半1-1
合計1-2

初戦を勝利では飾れませんでしたが次戦に期待です。

第63回春季関東高校野球 群馬県予選<常磐高校 結果>

2011.04.18

2011年4月16日
@前橋市民球場
VS東京農大二高

前半からリードするも、7-3で迎えた9回裏、4点差をひっくり返されサヨナラ負け。。。

目の前まで来ていた勝ちを逃がしました。ネガティブにならず、前を向き夏に挑みたいです。

ヨーロッパの洗礼を受けたイギリスF3開幕戦。トップ争いの中、宙に舞い、裏返りながら滑走するビッグアクシデントに遭遇。しかし桜井孝太郎選手は奇跡的に無傷で生還!

2011.04.18

桜井孝太郎選手F3開幕戦 プレスリリースがパーソナルマネージャー町田氏より届きましたのでお届けします。

F1で活躍する小林可夢偉選手に続き、ヨーロッパを戦いの場に選んだ若きサムライ、日本人最年少BMWスカラシップドライバー、桜井孝太郎選手(16歳)が、イタリア、モンツア・サーキットで開催されたイギリスF3選手権開幕戦に、ハイテック・モータースポーツから参戦しました。

レース開催1週間前に、新装なったスネッタートン・サーキットで実施された最後の公式テストにおいて、極端に高くなった縁石に撥ね上げられ、モノコック全損のクラッシュに見舞われた桜井孝太郎選手は、チームの懸命な努力によってなんとか組み上がったマシンとともに金曜日の早朝にイタリア、モンツア・サーキットに入りしました。

土曜日の1時間のフリー走行が実質的なシェイクダウンという状況の中、順調に周回を重ねた桜井孝太郎選手でしたが45分を過ぎたことろでミッション・トラブルにより最終コーナーでコースオフ。予選に向けて多少の不安を残す展開となりました。

その不安が的中し、予選ではセッション早々にタイヤ交換のためにピットインしたところエンジンが再始動せず、万事休す。最後尾からのスタートが決定しました。

土曜日の第1レースは多くの混乱に見舞われました。ポールポジションのマシンが出走準備に間に合わず、ピットスタート。桜井孝太郎選手は素晴らしいスタートダッシュを見せて、21番手グリッドから一時は8番手まで浮上する走りを見せ、1周目を12番手でクリアし、ルーキークラスのトップを快走。しかし2周目にセーフティーカーが入り、レース再開直後の混乱の中、前車をオーバーテイクしようと右横にマシンを振ったその場所に、桜井孝太郎選手のさらにアウトを狙ったマシンが並びかけ、後方からもう1台のマシンが続き、行き場を失った桜井孝太郎選手は前車のリヤタイヤをヒット。高く宙に舞いながら裏返り、そのまま地面に激突。ロールバーを地面に擦らせながら滑走してタイヤバリアに突っ込んだ形でようやく停止しました。日本人初のF1パーマネントドライバーとなった中嶋悟氏が現役時代、1978年に初めてイギリスF3に挑戦した当時、緒戦のスタート直後のアクシデントで宙に舞い、何回転かして裏返って止まった事故の記憶が蘇るような、凄まじいクラッシュでした。回収された桜井孝太郎選手のマシンのデータロガーからは、時速240キロで接触して空中に舞ったことが確認されました。

すぐに救急車でメディカルセンターに運ばれた桜井孝太郎選手でしたが、幸い大きな外傷はなく、検査の結果、奇跡的にも身体に異常は無しと診断されました。

しかし残念ながらマシンの損傷は激しく、ロールバーは半分が削れ落ち、エンジンの吸気ポッドも半分が擦り切れてなくなっている状態。裏返って押しつぶされたモノコックの損傷は著しく、ちょうどドライバーの肩の部分にそって真横にクラックが入り切断されている状態でした。過去数年間に渡ってダラーラ製モノコックがこのような形で破損した前例はなく、衝撃の強さを物語っていました。しかしマシンはともかく、ドライバーが無傷で生還できた奇跡を確認し、チーム全員、ホッっと胸をなで下ろしました。

レース後、競技長のもとに招聘され、事情聴取された結果、あくまでレーシングアクシデントであり、桜井孝太郎選手にペナルティが課されることはありませんでした。しかし、マシンの修復は不可能な状態で、チームは日曜日に開催される第2戦、第3戦に出走を取り消す決断をせざるを得ませんでした。

●   桜井孝太郎選手のコメント

「予選でのトラブルが結果的に大きかったですね。セルモーターが回らずコースに戻れなかった。その結果、決勝レースは攻めのレースを強いられましたが、最後尾から上手くスタートを決め、2周の間に8台をパスし、全体の12番手まで上がってNクラスのトップを奪ったところまでは完璧でした。しかしセーフティーカーが入り、チームとの無線交信がうまくいかず、完璧な再スタートが切れませんでした。トップを奪い返そうと接近戦の中、スリップストリームで続いたのですが、狭いモンツアで前後左右をふさがれ、行き場を失って接触してしまいました。空中に舞って裏返り、逆さまの状態で地面に落ちて頭の上から火花が散りながら滑走している時は、さすがにびっくりしました。ヘルメットが削れてると勘違いしてたんです(笑)。でも本当に身体に怪我がなくて良かったです。しかし同時にチャンピオン争いで大きく出遅れてしまった事実も、素直に受け止めなければいけません。接近戦でのアクシデントは起こり得ることだし、チームのミスでもありません。自分がヨーロッパのドライバーと戦ううえで、まだまだ未熟な部分があった事もわかりました。日曜日の第2、第3戦に出られなくて、ポイント争いで引き離されるのは悔しいですが、残りの27戦を全部勝ちにいけばいいと思うしかないです。いまは来週のレースのことを考えるだけです。せっかくマーク・ウェーバー選手のように空を飛ぶ経験もし、彼の気持ちもわかったのですから、この経験を生かさないと(笑)。僕は負けたままで終わる気はありませんからね」

第63回春季関東高校野球 群馬予選<常磐高校 結果>

2011.04.13

2011年4月12日
@前橋市民球場
VS太田高校

3本塁打など打撃陣の爆発により、12-8で初戦突破致しました。
次戦は4月16 日 12時~ VS東農大二。
@前橋市民球場 となっています。

頑張ろう、ニッポン!! 『PRAY FOR JAPAN』 の想いを胸に、16歳の桜井孝太郎選手、名門カーリン・モータースポーツから、シルバーストンでの第2回GP3公式テストに参加。

2011.04.01

桜井孝太郎選手 プレスリリースがパーソナルマネージャー町田氏より届きましたのでお届けします。

是非ご覧ください。

F1で活躍する小林可夢偉選手に続き、ヨーロッパを戦いの場として見据える若きサムライ、日本人最年少BMWスカラシップドライバー、桜井孝太郎選手(16歳)が、3月22日のオールトンパーク・サーキットでのイギリスF3選手権の公式テストに続き、3月29日~31日にシルバーストン・サーキットで開催された第2回GP3公式テストに参加したので、ここにお知らせします。

 

 先日、イギリスF3選手権ルーキークラスへの参加を表明した桜井孝太郎選手は、東北・北関東大震災を滞在先の英国のTVニュースで知り、家族の安否を心配して急遽、一時帰国。日本の厳しい現状を目の当たりにして、様々なことを考えました。応援してくださるスポンサー企業や、関係者の皆さんの中にも地震や津波による被害に逢われた方が沢山いらっしゃいました。桜井孝太郎選手と同年代の多くの若者が生命を失っています。今自分にできることは何か、何をすべきか。チャリティーやボランティアももちろんですが、勇気を出すこと、挑戦する気持ちを捨てないこと、諦めないこと、頑張ること、その姿勢を世界にアピールすることが、レーシングドライバー、桜井孝太郎選手が今できること、すべきことではないかと考えました。

レース継続の意志が固まると同時に再び渡英し、カーリン・モータースポーツのオフィスを訪れ、第2回GP3公式テストへの参加を願い出ました。前回のポールリカールのテストで桜井孝太郎選手に好感触を得ていたチーム代表のトレバー・カーリン氏は、多くの候補者の中から最終的に桜井孝太郎選手を選び、今回シルバーストンで開催された第2回GP3公式テスト参加が実現しました。

用意されたマシンには、カーリン・モータースポーツからの気持ちの現れとして、『PRAY FOR JAPAN(日本のために祈ります)』と書かれた大きな日の丸が貼ってありました。

3日間に渡るGP3公式テストには、各国の若手精鋭30名のドライバーが参加。ウェットとドライが入り交じった難しいコンディションの中、連日のように何度となく赤旗が出される荒れたテストとなりました。

桜井孝太郎選手は、初日の午前中のセッションではチームメイトの2010年ドイツF3チャンピオン、トム・ドールマン選手や、インディ・ライツで活躍中のコナー・デイリー選手よりも速いラップタイムをマーク。ニュー・タイヤでのアタックには苦しみましたが、ユーズド・タイヤを履いてのアタックでは、つねにトップ10に入るパフォーマンスをアピールしました。

2日目は本格的なウェット路面でのテストとなりました。桜井孝太郎選手は、F3とはまた異なった出力特性のターボ・エンジンにとまどいながらも攻め続けましたが、11回のスピン、コースアウトを喫し、最下位に沈みました。本人としては内容としては満足できたものの、タイムシートのうえでは納得のいかない結果となった一日でした。

3日目最終日、午前中だけで10回近く赤旗が出て、まったくタイヤを温める時間がないセッションとなりましたが、桜井孝太郎選手はチームの信頼を取り戻すべく着実に周回を重ね、指示されたセットアップ・メニューを予定どおりこなしました。午後のセッションでは天候が急速に回復。午後の走行開始早々再びチームメイトのコナー選手のタイムを上回りトップ10へ。その後は路面のミューが急激に高まった反面、それにドライビングを合わせることに苦戦を強いられましたが、大きなアクシデントもなく、自身にとっては通算3度目、今年2回目のGP3テストを無事終えることができました。チームからも再び高い評価を得ることができました。

●   桜井孝太郎選手のコメント

「自分にとってもの凄くチャレンジングな3日間でした。周りのF3チャンピオンドライバー達と比べると、路面のミューが低い時は車の向きを上手くスピードで変えられていましたがミューが上がってくると自分の思ったタイミングで曲げたい角度で曲がらなかったので苦しみましたが、たった2回だけ乗ったF3の経験が生きている事を実感できた3日間でした。

この3日間、常に今の日本の事を考えていましたし、日本で戦っている人の事を考えるとチャレンジするしかない、攻めるしか無いと思って走りました。その気持ちが皆さんのもとに届いたなら嬉しいです。今はGP3で経験した事を4日後にあるスネッタートンでのF3のテストで生かし、また新たなテクニックを身につけたいと思っています。

僕にもなぜ日本にこれほどひどい事が起こったか解りませんが、この先きっと良い事が起きると、今、僕は信じています。皆さんも一緒に、チームジャパンで心をひとつにして頑張りましょう。」